薔薇の迷路

かつて三月の転校生と呼ばれていた日記

江野沢愛美ちゃんと非オーディション

GYOPI2013-08-06

■オーデ出身vs非オーデ
ピチレモンの専属モデルになる方法として、2つの道があるということは、毎月のピチレ本誌はもちろん、三月の転校生でもすでに繰り返し書いてきたとおりです。(⇒参考:ピチモになる方法2013

そんな両者の特徴というか、最大の差としては、オーディション出身が「ピチモに憧れ、自分からピチモになりたいと強く思い、自分で応募した」というのに対し、非オーデは「所属事務所のおぜん立てによりピチレ編集部に行って面接した」ということになります。


■非オーデの傾向
つまり、一般的に非オーデといえば、前々から絶対にピチモになりたいと思っていたり、昔からピチ読だったりするケースはまれで、そのほとんどが、「事務所の取ってきた新たなお仕事の1つ」という位置づけになるわけです。

実際、過去のピチモには、当時のピチモ名鑑にて「ピチモになった理由=事務所に言われたから」と正直に答えていた子もいたし、あるいは、それまでの公式プロフィールに「よく読む雑誌=二コラ」となっていたのに、ピチモが決まったとたん、突然にそこから「二コラ」の文字が消えた子もいました。

さらには、最近はやりの「ニコプチ⇒ピチモ」コースなんてのも、根本的に変なわけです。そもそも、ニコプチのモデルをやってる子が、ピチレを読んでいることは100%ありません。そりゃ、中学生雑誌だったら、姉妹誌である二コラを読んでいるに決まっているし、ニコプチ卒業生から毎年必ず1人が二コラに行けるわけで、となるとニコモに憧れているのが普通です。

とにかく、非オーデにおいては、もともと「ピチ読だった子」「ピチモにあこがれていた子」「ピチモになりたかった子」が入ってくるというケースは、めったにないというわけです。


■めったにないケース=まなちゃん
しかし、これはあくまでも一般論。もちろん、非オーデの中にだって、心からピチモにあこがれていて、どうしてもピチモになりたいと思っていた子だっているのです。

そんな、めったにないケースが、今年4月号で、ピチモを卒業し、現在は、元ピチモとして初のセブンティーン専属モデルとなった江野沢愛美ちゃん。

愛美ちゃんは、小4からピチ読であり、芸能デビューのきっかけとなったエイベックスのオーディション「第1回 エイベックス俳優・タレント・モデルオーディション」の最終面接では「ピチレモンに出たい!」とアピール。これが元で、その合格後、正式に事務所に所属すると、さっそく非オーデの話がまとめられたというわけです。

こうして、ピチモになったのが2008年7月号で、卒業が2013年4月号。愛美ちゃんの最終的なピチモ歴は、4年10か月にもなります。表紙回数は27回で、そのうちソロ1回。この記録は、過去すべてのピチモのなかで、なんと2位という大記録(1位は28回の志田友美ちゃん)。

基本的に、表紙回数10回を超えるエース級ピチモは、いずれもピチモオーディション出身であり、非オーデで、ここまで人気が出たピチモは、愛美ちゃん以外、実は一人もいません。まさに、「ピチレ大好き」という愛美ちゃんの気持ちが、読者に伝わった成果であるといえます。


■プロフィール更新
そんな愛美ちゃんについて、ピチレモンWiki「ピチペディア」にある、プロフィールページを大幅に更新しました。今年3月にピチモを卒業して以来、更新はセブンティーンに関連する項目にとどまっていたわけですが、今回、新たにピチモ時代のエピソード、「中学時代の自由研究」「初ロリータファッション体験」「すイエんサーでの活躍」などなど、その人柄が分かるお話を追加しました。ぜひチェックしてみてください。
江野沢愛美プロフィール - ピチペディア