三月の兎

かつて三月の転校生と呼ばれていた日記

歴代ピチレモン専属モデル・エースの系譜

■ピチモ・エースの系譜
f:id:GYOPI:20150803031152p:plain:right2012年から過去10年分にさかのぼって、ピチレモンのトップモデル、つまりはピチモエースの移り変わりを見ていきます。各年ごとにエースと呼ばれた専属モデルを紹介し、当時の状況を解説します。

まえのんがエースとなった経緯や、みみちゃん幻のエース時代などなど、普段なかなか語られることのない話もまとめてみました。また、それぞれが年代別になっているので、ここ10年について、順を追ってエースの移り変わりを理解することもできると思います。昔からのピチレを知ってる人も、最近ピチ読になった人も、ぜひ読んでみてください。


■歴代ピチモエース年表(2003年〜2012年)


■2003〜2004年:うてちん政権
年間の表紙回数は5回と、それほど多くはありませんが、ピポ☆エンジェルズのリーダーで、それこそ読者も編集部も誰もがエースと認める存在であった右手愛美ちゃんが、この年のエースです。


■2005年:伝説のピチモ、新エース明音ちゃん
2005年、右手ちん卒業により、当時絶賛売出し中だった壁谷明音ちゃんが新エースとなります。さっそく年に7回の表紙を経験し、これだけでも十分多いですが、翌年、その人気はさらにスゴイことになります。


■2006年:明音ちゃん全盛時代
年間の表紙回数11回。この2006年は1月〜11月まで、実に11ヶ月連続で表紙となった明音ちゃんが、前年に引き続きエースです。というか、これまで全ての歴代ピチモにも、明音ちゃん以上の人気ピチモはいないといえる、まさにエース中のエースでした。

2011年、数字の上では志田友美ちゃんが「15回連続表紙記録」を達成していますが、友美ちゃんの場合は「まなゆう」「あかゆう」といった、コンビとしての集団エース色も強く、読者人気も相対的なもの。対して、2006年当時の明音ちゃんは、なんといっても単独エース。2番手以下のモデルさんの名前が全く出てこないくらい、断トツの1人エース状態で、今の読者にはなかなか分かってもらえないかもしれませんが、とにかくその人気は絶対的なものだったのでした。

管理人も、それなりにファンサイトをやってきて、これまで多くのピチモを見みてきましたが、「最も印象的なピチモ」「最もピチレに貢献したピチモ」を1人あげるとしたら、何の迷いもなく明音ちゃんの名前を出すところです。


■2007年:新エースふっきー誕生
そんな歴史の残るエース明音ちゃんの卒業を経て、この年、新たにエースとなったのが吹田祐実さんです。大エースの卒業によって失った部数を回復するために、いち早く次期エースを育てたいという編集部の方針もあって、イキナリ年間表紙8回とクローズアップ。順調な滑り出しを見せます。


■2008年:「ふっきー事件」で急遽まえのん登板へ
順調に思われた、ふっきー新政権。読者人気も上昇し、この年の前半1〜6月で、すでに吹田さん4回の表紙登場とますますの上昇気配。ところが!です。吹田さん中3の夏にして、突然の卒業宣言。理由は、「将来の夢である薬剤師を目指すため、どうしても行きたい高校がある。進学のため、学業専念のため卒業します」

ここで突然、大きなチャンスが回ってきたのが、今となっては明音ちゃんと並び評される、というか、現時点でのピチモオーディション出身者のうちで最大の出世頭といえる前田希美ちゃんです。吹田さんが2005年オーデに小6で合格。対するまえのんは2006年オーデに中1で合格。つまり2人は合格年次こそ1期違いますが、実は同じ年齢(学年)。

ということで、もともと人気のあったまえのんに、ここで急遽エースの大役が転がり込んできたのです。この後、まえのんは、ピチモの終着点である高2の卒業までエースを務め、通算23回表紙というピチモ史上でもトップクラスの活躍を見せることになるわけです。

それにしても、この一連の出来事につき、つくづく思うのが、もし吹田さんが高1〜高2とされる標準的なピチモ卒業時期までエースを務めていたら、もしあと1年でも2年でもエースを続けていたらどうだったかということ。もし、あのまま吹田体制が続いていたら、まえのんのその後の大活躍、ひいては、今のまえのんそのものが、なかったかもしれないということ。ここらあたり、ホント巡り合わせというか運命的なものを感じます。


■2009年:まえのん全盛時代
年間で9回表紙。まさに「まえのん時代」の到来です。この勢いは翌年も衰えることなく続き、ピチモ史上最多となる最終的な通算表紙回数23回という記録が生まれることになります。

ちなみに、一般的には「まえのん&みみ」とコンビで語られることも多いですが、その実は、表紙回数の面から見ても、読者人気の面から見ても圧倒的に「まえのん優位」であったといえます。


■2010年:まえのん時代の終焉も「みみ事件」勃発
この年10月の卒業で、2年半にも及んだ「まえのん長期政権」が終了しました。では、次のエースは? ここで、またしても「ふっきー事件」に続くゴタゴタが勃発します。

まえのん最後のピチ撮での卒業セレモニー。相棒みみちゃんとのエールの交換。「ピチレ頼んだにゅん♪」「うん、わかった!」。こうして、新エースみみの誕生と誰もが思ったのですが――――

この年の最後の12月号で、まさかまさかの「みみ卒業発表」。これには、新エースみみちゃん体制の発足を信じて疑わなかったピチ読のほぼ全員が大いに驚かされたのでした。


■2011年:ゆうみんエースへの階段
そんな、みみちゃん卒業事件を経て、いよいよ現エース志田友美ちゃんの登場です。この年の前半は、ワンポイントリリーフ清野菜名ちゃんの助けを借りつつ、着実に友美ちゃんがエースとしての足場を固めていきます。

そして気がつけば、なんと2011年は友美ちゃんが通年表紙ということで12冊全部をを完全制覇。あの明音ちゃんすら11ヶ月で途切れてしまった快挙を達成です。これにより、不動のエースとしての定着しました。


■2012年:ゆうみん全盛時代
現在、6月号まで出揃ったところですが、そのうち5冊が友美ちゃん表紙ということで、依然として「ゆうみんエース体制」は磐石です。しかも、学年的にもまだ高1で、ピチモ卒業までにも十分な時間が残されています。しばらくはこのままの体制が続いていきそうです。


■各エースの「出自」と「事務所」
以上、長々とエースの歴史を振り返ってみたわけですが、実は今日のテーマは、それぞれの年代のエースの「出自(オーデ/非オーデ)」と「所属事務所(タンバリン/非タンバリン)」。さっそく、整理してみます。

2003年 右手愛美(オーディション/タンバリン)
2004年  ↓
2005年 壁谷明音(オーディション/タンバリン)
2006年  ↓
2007年 吹田祐実(オーディション/タンバリン)
2008年  ↓
2009年 前田希美(オーディション/タンバリン)
2010年  ↓
2011年 志田友美(オーディション/タンバリン)
2012年  ↓


■オーデ出身タンバリン所属が王道
もはや一目瞭然。ピチモのエースは過去10年、その全てが、一般読者からのピチモオーディションに合格者にして、タンバリンアーティスツに所属となったモデルさんなのです。

この10年、非オーデからピチモのトップに立った人は、ただの1人も存在しないし、たとえオーデ合格者であっても、その所属事務所がタンバリン以外の場合、これまたエースになった人は存在しません。

ということで、いかに「オーデ出身/タンバリン所属」コースこそが、ピチレモン専属モデルとしての出世コースであり、エリートコースであるかが分かると思います。


■次回へつづく
でも、ホントに「オーデ/タンバリン」こそが出世コースなのでしょうか。なにより現在も、また、将来もそうであり続けるのでしょうか。次回では、最新のデータとオーディション制度変更点、さらには次期エース候補の顔ぶれなどを元に、「オーデ/タンバリン」ブランドの賞味期限について、詳しく検証します。